「国民皆歯科健診」で歯科衛生士の仕事はどうなる? 現在地を解説&歯科衛生士の本音を聞いてみました
目次
そもそも「国民皆歯科健診」ってどんなもの?
「国民皆歯科健診(こくみんかいしかけんしん)」とは、現在歯科健診が義務化されていない大学生や社会人を含めた「生涯を通じた歯科健診」のこと。2022年6月に政府が閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる「骨太の方針」に明記されたことで話題となりました。
現在の日本では、1歳半、3歳の幼児と、小学生から高校生までの全学年に対する歯科健診が、自治体や学校に義務付けられています(※1)。皆さんの中にも、学校の歯科健診で虫歯が発見されて、歯科医院に通うことになった……なんていう方もいるのではないでしょうか。
高校を卒業した後については、義務的な歯科健診の機会はありません。高校卒業後も、大学や専門学校、職場等に所属していれば、通常毎年「体の」健康診断は受けることになりますが、ほとんどの場合そこに「歯科健診」は含まれていません。一部の「有害業務に従事する労働者」に対しては歯科健診が義務付けられていますが(※2)、一般的には健康診断に歯科健診は入っていないと考えてよいでしょう。また、自治体によっては、節目となる年齢のときに無料で歯科健診を受けられる制度を設けているところもありますが、いずれも義務付けられているものではありません。
こういった状況を課題視し、すべての年代の国民が切れ目なく歯科健診を受けられるようにしようというのが、「国民皆歯科健診」の趣旨です。
※1:歯科口腔保健の推進に向けた取組等についてp.11より(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001252538.pdf
※2:労働安全衛生法に基づく ⻭科医師による健康診断(厚生労働省)
https://jsite.mhlw.go.jp/iwate-roudoukyoku/content/contents/sikakensin-leaflet2020-12.pdf)
なぜ「国民皆歯科健診」が検討されているの?
簡単に言えば、高齢化の進行に伴う「社会保障費の膨張」を抑制するためです。
高齢化が進む日本において、医療費や介護費といった社会保障費の増加が大きな社会問題となっています。少子化の影響を受けて働き手が減少していく中、社会保障費は反比例するように増加を続けており、社会保障費の抑制は、先送りできない重大な課題となっています。
出典:2015年までは総務省「国勢調査」、2019年は総務省「
※左の縦軸は人口推計、右の縦軸は65歳以上割合(高齢化率)を示します
出典:国立社会保障・人口問題研究所「令和4年度社会保障費用統計」、
一方、近年多くの研究により、歯周病と全身疾患との関係、歯の残存本数と健康寿命との関係についてさまざまな科学的根拠が明らかにされつつあり、「口内環境を良好に保てば、全身の健康維持につながる」ことが分かってきています。そこで「社会保障費の抑制」のための施策の一つとして「予防歯科」が注目されるようになりました。そして、それをさらに先に進めたのが「国民皆歯科健診」です。
これまでの日本の公的医療保険は、病気や要介護状態になってからの治療や介護への支出が中心であり、予防事業への支出は1~4%程度と、先進国と比較しても低い水準にあります(※3)。そこで、国の財源の一部を予防に振り向けて国民の健康レベルを高めることで、医療や介護を必要とする人数や機会を低減させ、社会保障費の膨張を抑制しようという考えです。
※3:予防・健康づくりの意義と課題(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/2050_keizai/pdf/003_02_00.pdf
「国民皆歯科健診」のメリットをまとめると
- 国民が定期的に歯科健診に行くことにより、口腔疾患を「早期発見・早期治療」できる
- 口腔を健康に保つことにより全身疾患のリスクが下がり、国民の「健康寿命」が伸びる
- 医療や介護の出番が減り、「社会保障費の抑制」につながる
「国民皆歯科健診」はいつからスタート?
当初の導入時期の目標は2025年とされていましたが、2024年10月段階では具体的なスケジュールは明らかになっていません。ただし、導入に向けてのモデル事業などがスタートしており、厚生労働省の令和7年度予算の概算要求でも、「国民皆歯科健診」環境整備事業に関して前年を上回る額が計上されています。今後さらに、導入に向けての取り組みが進んでいくと思われます。
生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)環境整備事業【一部拡充】
令和7年度要求額:6億8,882万7千円(前年度予算額:5億6,739万3千円)
[実施事業]
・全世代向けモデル歯科健康診査等実施事業【拡充 】
生涯を通じた歯科健診の推進にあたり、効果的な歯科健診受診勧奨の方法等について検討を行うため、受診率が低い就労世代に対する、 歯科健診や受診勧奨等の実施の支援を行うモデル事業を引き続き実施するとともに、新たに全世代を対象に、調剤薬局等での待ち時間やショッピングモール等の場を利用し、歯科健診未受診者等をターゲットにした健康教育や受診勧奨に係るモデル事業を実施し、その効果について検証を行う。
・歯周病等スクリーニングツール開発支援事業
自治体や職域等において簡易に歯周病等の歯科疾患のリスク評価が可能なスクリーニングツール(簡易検査キットや診断アプリ等) の開発を行う企業等に対して、研究・開発を支援する。
「国民皆歯科健診」は、歯科衛生士の仕事にどんな影響がありそう?
「国民皆歯科健診」が導入されると、歯科医院やそこで働く人たちに少なからず影響があるでしょう。
そこでクオキャリアでは、現在歯科衛生士として働いている人に「国民皆歯科健診」についての意識調査を行いましたので、ご紹介します。
※クオキャリア会員の歯科衛生士にアンケート調査(調査期間:2023/11/21~2023/11/30、有効回答数:526名)
歯科衛生士は「国民皆歯科健診」を知っている?
Q. 「国民皆歯科健診」はご存じですか?
歯科衛生士の「国民皆歯科健診」の認知度は80%という結果でした。「よく知っている・知っている」という人が半数近くとなっており、「国民皆歯科健診」の趣旨や目的についてもある程度理解している人が多そうです。
歯科衛生士は「国民皆歯科健診」をどう思っている?
Q. 「国民皆歯科健診」はご自身の業務に影響があると思いますか?
Q1で「よく知っている」「知っている」「聞いたことがある」と回答した人のうち、78%が「自身の業務に影響があると思う」と答えています。
さらに、回答の理由についても自由記述式で聞いたところ、「患者数の増加」に関するコメントが回答者の39%から寄せられました。また「業務負担の増加」「業務関連性が高い」という趣旨のコメントも多くありました。それぞれ、実際に寄せられた声をいくつかご紹介します。
「歯科衛生士の業務に影響がある」と答えた人のコメント
患者数の増加
- 国が費用負担するなら、受診する方は増えると思います
- 歯の大切さに気づくきっかけになり、健診を受ける人が増えるから
- 国民に広く知られるようになればメンテナンスに通う患者が増えると思うので
- 健診を受ける人が増えたら、虫歯の人やプラークコントロールが悪い人が今以上に見つかるだろうから
業務負担の増加
- 初めの軽いチェックは歯科衛生士任せになる医院がありそうだから
- アポが増え、ドクターだけで回せない仕事が歯科衛生士にも回ってくる
- 患者さんからの質問が増えると思う
- 健診に消極的・否定的な人に対しての説明技術が求められると思う
業務関連性が高い
- 歯科衛生士は、歯科への来院の必要性を伝えることができる職業だから
- PMTCやTBIの機会が増えるから
- 歯科衛生士という職業を通じて、検診の大切さをしっかり伝えていかないといけない
- 国民のデンタルIQが上がってきたら、歯科衛生士の専門的な知識が今以上にもっと必要になると感じる
同制度による患者数や業務負担の増加について、不安に感じている人が多い一方、「歯科衛生士がますます活躍できる」と捉え、仕事や成長へのモチベーションが上がっている人もいることが分かりました。
では次に、「自身の業務には影響がない」と回答した人のコメントも見てみましょう。
「歯科衛生士の業務に影響がない」と答えた人のコメント
制度の普及に疑問
- 現在も、市の検診に来てくださる患者さんがかなり少なく感じるから
- 浸透しなそうだから
- たとえ義務化されたとしても歯科に苦手意識のある人は受けないと思うから
- 日本人の歯科への意識が低すぎるため
すでに健診に注力
- 現在すでに区の歯科検診や妊婦健診に携わっているので、あまり変わらないと思う
- 自分の患者はすでに毎回リコールで来院しているので
「歯への意識が低い人は、制度が整っても歯医者に行こうとしないのでは?」といった趣旨のものと、「すでに健診やクリーニングがメイン業務だから、やること自体は変わらないはず」という意見の2種類がありました。
自身の業務に影響があると思っている人・思っていない人どちらにおいても、「国民の歯への意識」について言及しているコメントがちらほら見られました。そこに関わることがモチベーションになっている人がいれば、反対にそこで苦労していたり、もどかしさを感じたりしている人もいて、それが「国民皆歯科健診」への考えにもつながっていることが多そうです。
まとめ
「国民皆歯科健診」は、口腔疾患の早期発見・早期治療により、重症化やそこから引き起こされる体のさまざまな病気を防ぐことにつながるもの。まさに歯科衛生士の一番の役割と重なるため、導入されたときには何らかのかたちで関わることになる可能性が高いのではないでしょうか。いずれ「国民皆歯科健診」が導入されたときには、そこに関われる職場かどうかが、歯科衛生士の職場選びのポイントの一つになるかもしれません。
また、日々の診療の中で患者さんから「国民皆歯科健診」ついて聞かれることも増えていきそうです。「予防のプロフェッショナルとして活躍したい」という方は、ぜひ「国民皆歯科健診」の情報にアンテナを張っておきましょう。
いずれにしても、歯科衛生士の役割はますます高まっていくはず。「国民皆歯科健診」を医院に組み込むプランづくりなどを任されることなどもあるかもしれません。歯科衛生士は社会から大きな期待をされ、意欲次第で仕事の幅を広げていける職業。皆さんの活躍を応援しています!
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https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000105996.html