【病院】で活躍する歯科衛生士|医療法人静心会 桶狭間病院 藤田こころケアセンター・渡邉さん「誰もが地域で生きられる未来を、歯科から実現したい」
診療所だけでなく「病院」も、歯科衛生士が活躍できる場の一つ。歯科大学の附属病院や総合病院の口腔外科が代表的ですが、それ以外にもさまざまな診療科で、歯科の知識や技術が必要とされています。
その中で今回は、精神科病院で摂食嚥下と口腔機能管理に取り組む渡邉さんにお話を伺いました。
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目次
プロフィール
宮城高等歯科衛生士学院(2006年卒)/医療法人 静心会 桶狭間病院 藤田こころケアセンター
わたなべ りさ/歯科衛生士養成校を卒業後、大学病院や診療所での勤務を経て、2019年から現職。2021年には東北大学大学院歯学研究科口腔システム補綴学分野修士課程修了。趣味は昨年から始めたゴルフ。休日にはちょっと手間をかけた料理を作り、昼間からお酒を飲むのが至福のひと時。
愛知県歯科衛生士会 副会長、日本歯科衛生士会 理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会 評議員・認定士、日本歯科衛生士会 認定分野A摂食嚥下リハビリテーション、日本歯科衛生士会 認定分野B老年歯科認定歯科衛生士、日本歯科衛生士会 認定分野B障害者歯科認定歯科衛生士、日本障害者歯科学会 指導歯科衛生士、日本有病者歯科医療学会 認定歯科衛生士 |
著書「はじめて学ぶ歯科衛生士のための咽頭喀痰吸引マニュアル 呼吸器のリスク管理と実践」谷口裕重・渡邉理沙 編著 医歯薬出版株式会社
勤務先紹介
医療法人 静心会 桶狭間病院 藤田こころケアセンター
https://www.seishinkai-kokoro.jp/
子どもから高齢者まで、精神疾患を広く扱う精神科専門病院。入院・外来部門に加え、地域包括ケアにも力を入れている。
ある一日のスケジュール
時間 | 項目 | 内容 |
---|---|---|
7:30 | 出勤 | 6:30頃に起床し、準備をして家を出ます |
8:30 | 勤務開始 | 午前中は歯科診療室での診療介助や、記録作成等の事務作業を行います |
11:45 | 摂食嚥下訓練 | 病棟の食事時間に合わせて、患者さんへの直接訓練を実施 |
12:30 | 昼休み | 院内の食堂でランチ。食後のコーヒーで一息ついたり、たまにはトレーニングをしたりすることも |
13:30 | 摂食嚥下訓練/VF検査等 | 透析患者さんの食事時間に合わせて直接訓練を行うほか、週に1〜2回は嚥下造影検査を実施。その他、病棟で間接訓練や、口腔衛生管理なども行います |
16:00 | 片付け | 診療室の片付けやカルテ記入等 |
17:00 | 退勤 | まっすぐ帰宅して夕食をつくる日もあれば、飲みに行ったりお出かけをしたりすることも |
21:00 | メール対応等 | Webミーティング、メール対応など。23:30頃に就寝します |
摂食嚥下への関心は 学生時代が出発点
渡邉さんが現在の仕事に就いたきっかけは、歯科衛生士養成校時代にさかのぼる。母校である宮城高等歯科衛生士学院は、渡邉さんが入学する数年前に2年制から3年制に変更したばかり。それに際し、従来の一般的な2年制のカリキュラムに加えて当校が取り入れたのが、「摂食嚥下リハビリテーション」だった。ただ、当時の渡邉さんは、摂食嚥下に強い関心を持っていたわけではなかったという。
「病院、なかでも小児歯科に興味があったので、臨床実習は学校に頼んで小児専門の病院で行いました。そこで初めて、障がい児への摂食指導を経験したんです。『そうか、こういうことなんだ』と、学校で学んだことと実践がつながって、摂食嚥下への興味が芽生えました」
そしてもう一つ、卒業後の進路選択に直接つながるターニングポイントは、藤田保健衛生大学病院(現:藤田医科大学病院)のリハビリテーション科の医師による講義を受けたことだった。
「そのときに私が、『摂食嚥下障害には、歯科衛生士も関わることができるのか?』という質問をしたんです。すると先生から、『どの職種でないと関われない、という決まりはない。目の前の患者さんに関わりたいのであれば、そのための勉強をすればいい』という答えが返ってきて。『あ、この人のところで学びたい』と直感したところから、今につながるキャリアがスタートしました」
こうして、卒業後ははるばる愛知県に転居し、藤田保健衛生大学病院に入職した。とはいっても、配属されたのは歯科口腔外科。口腔外科の手術や、全身疾患の対応など、主に急性期の患者さんに対する治療の補助や口腔管理が業務の中心だった。
「当時は摂食嚥下の分野に直接関われないことにジレンマも感じましたが、今振り返ると、この時期にさまざまな疾患の知識を得られたことが、摂食嚥下障害の患者さんに対応する上での基礎になっています。」
そして大学病院で働き始めて11年がたった頃、研究を深めるために、一旦退職して東北大学の修士課程に進学。並行して、初めて地域の一般的なクリニックに2年間勤務した。
「それまでは急性期の患者さんを病院で短期的に診る経験しかしていませんでした。でも、長く歯科衛生士としてやっていくには、もっと人の”生活”を知ることが必要だと思ったんです。」
その後、現在の職場で常勤歯科衛生士を置くことになった際に、大学病院時代のつながりから渡邉さんに声がかかり、念願の摂食嚥下を中心とした臨床に本格的に関わることとなった。
摂食嚥下障害に関連する勉強をした結果、現在多くの認定資格を取得。今後は認定資格が実際にどのように生かされるのかも発信していきたいという。
多職種連携のキーパーソンとして活躍
現在渡邉さんが勤務する「桶狭間病院 藤田こころケアセンター」には、精神疾患や認知症を患う患者さんが300名近く入院している。渡邉さんは唯一の歯科衛生士として、摂食嚥下や口腔衛生管理を中心的に担っている。
「医師や歯科医師と連携して嚥下造影検査(VF検査)を行って、どんな食形態なら安全に食べられるのかを割り出し、実際に食事の介助をしながら問題がないか確認しています。口腔ケアに関しては、看護師さんに研修を行って基本的なケアは任せ、看護師さんで対応できないケースは私が直接関わる、という役割分担をしています」
咀嚼・嚥下困難者用ゼリーを用いて、飲み込む様子がリアルで見られるVF検査
このように、看護師をはじめ、日常的に関わる職種が多岐にわたることも、病院で働く歯科衛生士の特徴の一つ。
「精神科や内科のドクターと直接やり取りをする場面も多いですし、食事の際の手元のリハビリについては、作業療法士(OT)と情報共有をすることもあります。また、患者さんの退院後のフォローは、ケースワーカーとの連携が不可欠です。そんな時々に、大学病院時代に学んだ他職種連携のノウハウが役立っています」
ときには渡邉さんが講師となって、「窒息への対応」など、病院全体の研修を行うことも。医師や看護師からの信頼も厚く、“口腔や食”に関わるあらゆる場面で、歯科衛生士が中心となって活躍できることを、身を持って体現している。
患者さんに関わる多職種がチームで話し合う栄養サポートチーム会議
従来は栄養状態の悪い患者さんの対応を相談する場だったが、渡邉さんの提案で、嚥下評価後の管理についても情報共有をする場となっている。
しかし実は、渡邉さんが歯科衛生士という仕事を選んだもともとの理由の一つは、「看護師のように人の死に直接関わることがこわいから」だったという。結果的に今、ターミナルケアにも関わることになり、どんなことを心がけて取り組んでいるのだろうか。
「常に念頭に置いているのは、できる限り辛い思いをさせないこと。また、患者さんが最終的にはどのような状態を望んでいるのか、一人ひとりの人生を尊重することです。これまでの経緯をカルテやご家族に確認した上で、一方的ではない寄り添ったコミュニケーションをするよう努めています」
今後、渡邉さんが取り組みたいと考えているのは、病院の「外」での活動。
「今は入院患者さんへの対応が中心ですが、少しずつ、法人内のグループホームへの訪問診療を始めています。そして今年度からは、外部の施設や居宅にも広げていく予定です。生活の場でもしっかりと嚥下機能の評価や食事指導ができるようになれば、現状では入院管理をせざるを得ない患者さんも、地域に移行させることができるはず。将来的にはそこを目標にしています」
今、渡邉さんが考える「歯科衛生士の面白さ」とはどういったことなのだろうか。
「歯科衛生士の仕事は、決してルーティンワークではありません。目の前の患者さんが抱えている問題を見極め、対応を考えて実践し、なんらかの結果を出す。結果が良いにせよ悪いにせよ、その“変化”に同じものが二つとしてないことが、歯科衛生士のやりがいにつながると思います。それは、歯科のどの分野を選んでも同じ。そして、この経験を積み重ねることで、自分の成長を実感できるのではないでしょうか」
超高齢社会を迎えた日本では、“治療”ではなく“機能管理”に軸足がシフトしている。その中で歯科は、そして歯科衛生士はどのような役割を担えるのか。渡邉さんの働き方は、その可能性を探り、発信するためのモデルケースの一つを提示している。
歯科衛生士・渡邉さんと協働している他職種スタッフに聞いてみた
内科医/吉⽥先⽣
誤嚥性肺炎を起こしてしまった患者さんの嚥下機能の評価や、実際の食事開始時の再評価の場面では、渡邉さんをとても頼りにしています。適切な評価が食事形態のアップに結びつくなど、患者さんの回復に渡邉さんが果たしている役割は非常に大きいです。病院での嚥下評価といえば言語聴覚士(ST)が担うことが多いですが、歯科衛生士がここまでやってくれるのか、と正直驚きました。多くの経験に基づいた適切なアドバイスをもらえるので、内科としても大変心強いです。
看護部⻑/野中さん
歯科は歯をきれいにする分野、というイメージを持っていたのですが、渡邉さんに当院に入ってもらってから、まったく意識が変わりました。特に、高齢者の誤嚥性肺炎を防ぐために、嚥下機能の精密検査やフィードバックを行ってもらえることがとても助かっています。看護師の中でも嚥下に関心のあるスタッフがどんどん増えており、わからないことを渡邉さんに質問に行ったり、研究発表で嚥下をテーマにする人が出てきたりと、とても良い影響を受けています。
看護師/依⽥さん
地域包括ケアを進めていく中で、渡邉さんの存在はとても大きいです。従来は、地域包括ケアといえば、ケースワーカーや作業療法士との連携が中心で、そこに歯科衛生士という立場から働きかけてもらえるとは想像していませんでした。「病気になる前のケアこそが大事」という視点や、関連施設でのケアの提案など、多くのヒントと学びをもらっています。