医療事故を防ぐために歯科衛生士が押さえておきたい5つのこと
目次
はじめに
突然ですが、質問です。次の2つは、正しいと思いますか?
- 細心の注意を払っていれば、ミスは100%防げる
- ベストな方法を選択すれば、まったくリスクのない治療が行える
正解は、2つとも「ノー」です。どんなに注意をしても、ミスは必ず起こってしまうもの。そして、どんな医療行為であっても、リスクはゼロではありません。
このことを前提に、「できる限り危険(ミスを含めた事故のリスク)を減らすこと」が、“医療安全”です。“医療安全”は歯科衛生士国家試験の出題範囲にもなっており、社会的な関心がとても高まっているテーマです。
そこで今回は、2023年3月刊行の『医療安全のための事例と対策』を執筆された、名古屋医健スポーツ専門学校の田村清美先生に、歯科衛生士ができる医療安全の取り組みについて教えていただきました。
*本記事は、2023年11月に実施したインタビュー取材をもとにしています。
お話を伺ったのは…
名古屋医健スポーツ専門学校 歯科衛生科 学科長
たむら きよみ/養成校を卒業後、歯科医院での臨床や保健所、非常勤講師などの経験を経て、1991年名古屋歯科衛生士専門学校(現:名古屋市歯科医師会附属歯科衛生士専門学校)で教職に就く。2019年から現職。「臨床実習教育」「医療安全」「多職種連携」などについての研究に取り組み、書籍も出版している。
★田村先生のキャリアインタビューもチェック!
★『医療安全のための事例と対策』(一般財団法人 口腔保健協会)
https://www.kokuhoken.or.jp/publication/post_143.shtml
医療事故を防ぐために歯科衛生士が押さえておきたい5つのこと
その1:ヒヤリ・ハット事例は、「多い」のが正解!
皆さんは、“ヒヤリ・ハット”という言葉を知っていますか? 幸い事故にはならなかったけれど、「ヒヤリとした」「ハッとした」というできごとのことです。“インシデント”と呼ぶこともあります。より安全な医療を行うためには、この“ヒヤリ・ハット事例”を集めて分析し、「再び同じことが起きないためにはどうすれば良いか」を考えることが効果的です。そしてこのヒヤリ・ハット事例がたくさん出てくる職場こそ、“大正解!”なんです。
ここで、疑問に思った方もいるでしょう。ヒヤリ・ハット事例、つまり「もう少しで事故になるかと思った」という事例が出てこない方が安全な環境だと感じるかもしれません。
しかし実は、逆なのです。
1つの重大事故が起こる背景には、何百倍ものヒヤリ・ハット事例があると言われています。ということは、まだ実際に事故が起きていない「ヒヤリ・ハット」の段階で、「ここが危ないよね」ということを確認し、対策をしておけば、事故が起こってしまう可能性を減らすことができるのです。
つまり、ヒヤリ・ハット事例をたくさん発見することは、その分、多くの事故を防ぐことにつながると考えられます。
その2:リスクに気づく感覚を養おう
ヒヤリ・ハット事例を多く見つけるためには、リスクに対して敏感になることが大切です。
例えば、スケーリングの際に、患者さんの口角を少し引っ張りすぎてしまったとしましょう。よくある、ちょっとしたミスです。これを「ひょっとしたら、口角が切れてしまうかもしれない」と一歩立ち止まって考えられれば、次に起こるかも知れない事故を防ぐことにつながります。
日々の仕事のなかで、「よくあること」ではなく「今のは危なかったな」と自分で気づくことが、医療安全につながる第一歩になります。
その3:ミスを隠すのは御法度
自分一人がリスクに気づけたとしても、それをみんなで共有できなければ、医院全体の事故は減らせません。「みんなで共有する」大切さがわかる例を見てみましょう。
スタッフ間のコミュニケーションがうまく取れない職場では、事故防止のための対策は取れませんし、医療ミスがあったときにも隠れてしまいがちです。
「実は今日、こんなことがあって危なかった」「こんなミスをしてしまった」というヒヤリ・ハット事例を、スタッフ全員で気軽に話し合える環境が理想的です。
もう一つ大切なことは、自分にできないことは「できない」と正直に言うことです。
●NG行動:わかったふり
●OK行動:「これがわからないので教えてください」と伝える
●NG行動:できたふり
●OK行動:「この処置をしたのでチェックしてください」と伝える
こまめな報連相(ホウレンソウ/報告・連絡・相談)は、もしかしたらそのときは迷惑な顔をされるかもしれません。でも、最終的には患者さんやスタッフの安全につながる大事な姿勢です。
その4:「誰もがリーダー」の意識を持とう
「うちはチーフがいるから大丈夫」
「何かあったら院長に聞けば良いかな」
そんなふうに考える人も多いのではないでしょうか。
チーフや院長に指示を仰ぐことはもちろん大切。
でも、実際に事故が起こったときはそんな余裕がないことも。その場に居合わせた一人ひとりが、自分で判断して行動するしかないシーンも出てきます。
「何かあったら、自分が対応するんだ」という心構えを持っておくことが大切です。
とはいえ、いざというときにどう行動すれば良いのか、特に経験の浅いうちは自信がありませんよね。そんなときに役立つのが“マニュアル”です。マニュアルは、診療の手順を覚えるためだけでなく、医療の安全性を高めるためにも心強いものなのです。
「こういうときには、こういう対応をしよう」という知識をマニュアルにまとめて、常にみんなで共有しておけば、いざというときにも慌てなくて済みそうです。
皆さんの職場にはそんなマニュアルがありますか?
もう一つ、日頃から心がけておきたいのが、自分で考える習慣をつけることです。
例えば「先輩に質問をする」シチュエーションについて取り上げてみます。
●NG行動:何も考えず、ただ「どうしたら良いですか?」と質問する
●OK行動:「こうしたら良いと思うのですが、どうでしょうか?」と、まずは自分なりの答えを出してから質問をする
普段からこうした習慣をつけることで、万が一事故が起きてしまったときにも、とっさに自分で考えて、ベストな行動が取れるのではないでしょうか。
その5:情報を常にアップデートしよう
医療、そして医療安全の“当たり前”は、常に変化するものです。
例えば、ここ20年ほどで目についた大きな変化には、次のようなものがあります。
2000年代に大きく進歩した「医療安全」の一例
2000年頃 | 現在 | |
---|---|---|
清潔域/不潔域の区別 | 清潔域と不潔域自体の区別はしていたが、パッと見てわかるようにはなっていなかった | 清潔域と不潔域が誰でも一目でわかるよう、色でゾーニング |
薬剤の管理 | 薬剤のラベルが見えるようにして医薬品棚に配置 | 医薬品名、名称類似、外観類似、規格違いのないように整理整頓して医薬品棚に配置 |
危険な薬剤の区別 | 他の医薬品と分けて保管・施錠 | 他の医薬品と分けて保管・施錠+ 「医薬用外毒物」「医薬用外劇物」が一目でわかるように薬剤にステッカーを貼付 |
カルテの管理 | ナンバリングして収納 | カラーファイル等を用いて、内容(あ行、か行など)に応じてナンバーラベルと見出し用紙の色の組み合わせを変えて整理整頓 |
また、ここ数年を見ても、コロナ禍を経て感染対策の水準が大きく変わったことを実感していると思います。
コロナ禍で大きく変わった「歯科医院での感染対策」の一例
コロナ禍前 | 現在 | |
---|---|---|
個人防護用具 | グローブとマスクだけの場合も多かった | グローブ、マスクに加えて、フェイスシールドやガウン、キャップも多く使用するようになった |
換気 | 冷暖房を使用する時期は、待合室の換気はしていなかった | 気候に関わらず、院内のすべての部屋で換気を徹底するようになった |
アルコール消毒 | ドアの取手の清拭は、午前・午後診療の終了時だけに行っていた。受付で使用するボールペンは特に消毒はしていなかった | ドアの取手や受付で使用するボールペンも、患者さんごとにアルコール消毒をするようになった |
このように、以前は“当たり前”に取っていた行動も、時間が経つと決して“当たり前”ではなくなります。
そのときどきの最新情報をしっかりキャッチし、医療安全のマニュアルも忘れずに見直しましょう。
また、私が執筆した『医療安全のための事例と対策』では、“今”の歯科医療の現場で実際にありがちな「ヒヤリ・ハット事例」を、「受付」「診査」「小児歯科」など、場面ごとに分けて紹介しています。
こうした本を読んだり、研修会に参加したりすることも、普段の自分の行動を見直し、事故を防ぐための対策の引き出しを増やすきっかけになるでしょう。
書籍『医療安全のための事例と対策』の中では、こんなヒヤリ・ハット事例を取り上げています!
ペースメーカー装着の患者さんに超音波スケーラーを使用しそうになりました
歯面研磨用のラバーカップ・ポイントを高圧蒸気滅菌しようとしてしまいました
歯科予防処置の章
スケーリング中に患者さんの舌をスケーラーの刃先で傷つけそうになりました
田村先生に3つのQ&A
Q1:「医療安全」って、どうして大事なの?
A1:患者さんやスタッフの安全確保に、社会全体として本格的に取り組む段階にあるから
患者さんやスタッフの健康のために大切なことは大前提ですが、2007年には「医療の安全管理のための体制の確保」が、無床の歯科医院にも法的に義務付けられるようになりました。さらに2018年には、院内感染対策に対する診療報酬も改定されました。法的にも社会的にも、医療安全の重要性はますます高まっています。
Q2:医療安全において、今後の歯科衛生士に求められることは?
A2:チーム医療の中で専門性を発揮すること
高齢化社会の中で有病者が増加し、多職種が連携して一人の患者さんの診療に当たる場面も増えています。さまざまな立場の人が一緒に仕事をすることは、伝達ミスや認識違いなどのリスクが増えるということでもあります。
そこで大切になるのは、丁寧なコミュニケーションです。歯科衛生士はその要となり、チーム医療の中で医療安全の中心的な役割を担うことが期待されています。
また、歯科衛生士は、医療品や医療機器の「安全管理責任者」を担える職種です。それだけ、医療安全に対する高い専門知識が求められていると言えます。
Q3:『医療安全のための事例と対策』のオススメの活用方法は?
A3:ヒヤリ・ハット事例の確認と同時に、基礎知識を再確認すること
本書『医療安全のための事例と対策』では、歯科医療のさまざまな場面に分けて、60個のヒヤリ・ハット事例を紹介しています。各事例は、経緯の詳細や対策の紹介に加えて、関連知識もあわせて学べる構成としました。国家試験で出題される内容も多く掲載されているので、学校の各科目で学んだ項目を、「医療安全」というテーマに沿って再確認できるでしょう。事例の確認だけでなく、関連知識もじっくり読み込んでもらえるとうれしいです。
★『医療安全のための事例と対策』(一般財団法人 口腔保健協会)
https://www.kokuhoken.or.jp/publication/post_143.shtml