助け合い、譲り合う…災害時にこそ見えてくる人間のモラル
勝村聖子の歯科法医学日誌 #8 会員限定皆さんこんにちは。新しい年が幕を明けました。21世紀もまもなく四半世紀、月日の流れがほんとに早い。これも年齢なのかなあ。
小学生の頃、「21世紀を想像する」という図工の時間がありました。「みんなが個人電話を持っていて歩きながら話している」「自動車が運転手なしで勝手に走る」「レストランにいくとロボットが迎えてくれる」「高速道路が何重にもなっている」。あの頃はドラえもんの世界を想像するような気持ちで絵を描いていましたが、よく考えるとすべて現実になっています。
「道路がなくなって車は空を飛ぶ」「海外に行くように月にも旅行にいける」そんな未来も遠くないのかもしれませんね。このコラムを読んでくださっている皆さんの中には21世紀生まれも多かったりするのかしら。皆さんが子供の頃想像した「未来」はどんな世界でしょうか。
さて、今年は元旦から能登半島で震度7の地震と津波が発生しました。そして翌日には羽田空港での飛行機事故。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするととともに、被災されました皆様に心からお見舞い申し上げます。
今回の衝突事故では日本航空機の乗員乗客379名全員が無事に脱出できたことについて、まさに奇跡的だと海外でも報道されているようですね。乗員による的確な避難誘導もさることながら、恐怖の中でその指示に従った乗客の皆さんの連携に称賛の声が上がっています。そして私も、我先にと行動せず、秩序を守った避難の映像をみながら、日本人ならではだと感じていました。
13年前の東日本大震災のときにも、日本人のモラルの高さが海外で報道されました。これまでの生活や家族も失ってしまった人々がきちんと列に並び、助け合い、励まし合う姿勢が取り上げられました。
前回お話ししたように、私は震災直後、岩手県に派遣されていましたが、津波の被害を受けた家を片付けている方々が、自衛隊や警察、災害派遣と書かれた車を見ると、作業の手を止め、一台一台にお辞儀をしている姿が忘れられません。
被災者の皆様から「ありがとうございます」「ご苦労さまです」「岩手は寒いでしょ、風邪ひかないように」こんな言葉を何度かけていただいたことでしょう。「こんなときにいいんだよ、私たちの心配なんてしないで、もっとわがままに甘えて」と思いました。
一方で『SOS』を掲げた避難所では、ヘリコプターの音が聞こえると支援がきたかと喜びますが、しばらく上空でホバリングしたあと去ってしまいます。「また、ただの報道カメラだったね」そんながっかりした声も聞きました。ただ撮影して終わりなのか、支援の求めがあることをきちんと伝えてくれているのか。そんな疑問も感じました。
そして夜ホテルに帰ってテレビをつけると、関東地方のスーパーやコンビニからトイレットペーパーやカップ麺がすべてなくなった、ガソリンスタンドに長蛇の列というニュース。「本当に被災して困っている人たちは別なのに」なんだか情けなく思ったのを覚えています。
私たちは1週間程度で帰りますが、被災地の皆さんのこの生活はまだまだ続く。というよりここからが大変。そう思うと心が痛くなりました。そして、当時仙台で被災した友人から、「今日からお湯がでるようになったよ!湯船に10cmお湯をためてお風呂に入ったよ。幸せ〜♡」というメールがきた時は、なんだか私まで温かい幸せを分けてもらったような気がしました。
今回の飛行機事故でも、乗員乗客の皆さんが冷静で自己統制し、他者を思いやる行動を率先した。そんな道徳心ゆえに成し遂げることのできた救出劇ではないかと思います。
一方で、情報社会となった今、能登地震に関するSNSなどの偽情報も拡散しているようです。春休みに向けて、ボランティア活動などを考えている人も多いかもしれません。無数の中から必要な情報を正しく読み取るのも、皆さんに求められた大切な情報倫理・リテラシーです。今私たちにできること、秩序を守って正しい行動を心がけましょう。
前回のコラムに続いて、東日本大震災での活動について話をする予定でしたが、今日は少しテーマを変えてお話しさせていただきました。被災された皆様に1日でも早く平穏な生活が戻りますように、心からお祈りいたします。
鶴見大学 准教授
勝村聖子
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
勝村聖子の歯科法医学日誌の記事一覧
- #1 身元不明死体の名前を取り戻す。歯科法医学は「人生最期の歯科医療」
- #2 解剖は、“その人”と対話する時間
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- #4 傷の位置、タイヤ痕、出血の有無。交通事故のご遺体に隠れた事実とは
- #5 ある日突然、命が失われたら…夏休み前に考えてほしいこと
- #6 関東大震災から100年。災害による社会の変化を考える
- #7 被災地へ向かうまで――東日本大震災の記憶<1>
- #8 助け合い、譲り合う…災害時にこそ見えてくる人間のモラル
- #9 歯科医師の使命と、人としての心――東日本大震災の記憶<2>
- #10 遺体安置所は「生」のありがたさも感じる場所――東日本大震災の記憶<3>
- #11 自分は何をすべきだったのか…正解のない問いに向き合う――東日本大震災の記憶<4>
- #12 家族の服装を覚えていますか? 身元根拠に求められるもの――東日本大震災の記憶<5>