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解剖は、“その人”と対話する時間 連載コラム

解剖は、“その人”と対話する時間

勝村聖子の歯科法医学日誌 #2

皆さんこんにちは。新年いかがお過ごしでしょうか。私の今年の抱負は 『余裕』です。昨年はただただ忙しく常に何かに追われ、あっという間に過ぎてしまいました。試験前に勉強が間に合わないという学生さんに「勉強は計画的に!」と言っていますが、これ、まさに私。今年はもう少し時間にも気持ちにも余裕をもって過ごせたらと思います。と言いながら、この原稿も編集者の方の顔が脳裏にちらつく中、締切間際を迎えていますが・・・笑。

さあ気分を入れ替えて。今日は『解剖』のお話です。

歯学部3年で初めて経験した「人体解剖学実習」。実習初日、解剖実習室に入り白布に包まれて並ぶご献体を目にした途端、同級生全体にこれまでにない緊張感が走りました。医療人になる責任感とその者達だけが経験できる空間への一歩を踏み出した瞬間というべきでしょうか。自らの身を呈して教えてくれる何十人もの先生に迎えられたような気がしました。

週3回、実習時間が終わった後も先生を捕まえては、友人数名と遅くまで夢中で取り組みました。メスやピンセットで丁寧に細部まで観察して得られる視覚や触覚、重量感すべてが「生の教科書」。数ヶ月かけてご献体と向き合うことで倫理観や医師としての自覚も芽生えます。すでに解剖学実習を終えた皆さんも今後経験する皆さんも、ぜひこの特別な機会を歯科医師としての財産に刻んでください。

授業で使う解剖模型とテキスト。
授業で使う解剖模型とテキスト。

解剖は一生に一度だと思っていましたが、法医学を志して進学した東京医科歯科大学大学院で、司法解剖に関わる機会に恵まれました。司法解剖は刑事訴訟法に基づき、犯罪性がある、またはその疑いがあるときに行われます(「遺族の承諾が不要」はCBTや国家試験のキーワード!)。

この司法解剖は検察官または司法警察員による「鑑定嘱託書」と裁判官発行の「鑑定処分許可状」が揃ってはじめて着手することができます。事案によっては書類が揃うより早く遺体が到着することもあり、解剖室に遺体が置き去りにならないように待機するのが大学院生になって最初のお仕事でした。

解剖室に遺体と二人きりと聞くと怖いでしょうか? まだ体温が残りほんの数時間前まで普通に生活していた人。逆に長い年月を経てやっと発見された亡骸。私にとっては、この人に何が起きたのだろうとご遺体を観察できる貴重な時間でした。時にはご遺体を搬入してきた警察官から事件の背景などを教えてもらえる勉強時間でもありました。

司法解剖は死因や凶器の特定などを目的としています。例えば「包丁で刺されて死んだ」といっても、刃物の刃渡りや形状、どう身体に入り、どの臓器や血管を傷つけ死に至ったのかが重要です。傷が複数あれば個々の傷にスケールを当てて記録し、傷口にゾンデを挿入して角度や深さの写真を撮りながら数時間かけて1つ1つの損傷を慎重に調べていきます。執刀医や立会警察官がどこに注目し、解剖で何が明らかになってきているのか。解剖の補助をしながら、解剖室に飛び交う情報を理解しようと毎回必死でした。

頭蓋骨コレクションと一緒に。頭や歯の形にもそれぞれ個性が見られる。
頭蓋骨コレクションと一緒に。頭や歯の形にもそれぞれ個性が見られる。

たとえば『防御創』。人は他人から襲われると咄嗟に顔面や頭部を守ろうと上肢や手のひらに切り傷や刺し傷ができたりします。とても痛々しく犯罪現場をリアルに感じるものですが、自殺・他殺の鑑別、他殺の場合は抵抗したのか不意打ちだったのかなどを示す情報につながります。

入局まもない頃は初めて聞く言葉ばかりで、漢字も分からずひらがなでメモしたり、忘れないようにブツブツ復唱したりしていました。今思うとちょっと危ない院生だと思われていたかも。また解剖後に組織標本を観せてもらっても、病的所見を挙げられないこともしょっちゅう。解剖学・組織学・病理学。「学生時代もっとちゃんと全身を勉強しておけばよかった」と後悔・撃沈ばかりでした。

さて皆さん。歯科医師は「首から上の専門家」なんて思っていませんか。今日お話ししたのは解剖ですが、これからの歯科医師は全身疾患への理解が求められます。疾患を理解したければ、まずは健康な身体。日常の中で自分の身体や体調を観察するだけでも発見があり、とても勉強になりますよ。

2023年が皆さんにとって学び多き良い1年になりますようにお祈りし、今日はこのへんで。

勝村聖子

鶴見大学 准教授

勝村聖子

歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。

歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。

撮影/泉山美代子

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