家族の服装を覚えていますか? 身元根拠に求められるもの――東日本大震災の記憶<5>
勝村聖子の歯科法医学日誌 #12皆さんこんにちは。楽しい夏休みを過ごしましたか。
写真は私の今夏の一コマ、20年近く前のアルバイト先の歯科医院仲間です。当時、歯科医師なりたてで、しかも臨床週1の私にとって強い味方だったのが、このおふたり。バリバリ歯科衛生士さんとベテラン歯科助手さん。どれだけアイコンタクトで助けを求めたことか(笑)。今でも私のよき理解者で、楽しい時間を過ごさせてもらいました。
8月8日、宮崎県で震度6弱を観測したマグニチュード7.1の地震を受けて、「南海トラフ地震臨時情報」が発表されました。初めてのことに日本中に緊張感が走ったように思います。旅行や帰省を取りやめた方もいたかもしれません。
1週間後に呼びかけ終了となりましたが、勘違いしてはいけないのは、これは決して「地震予知」ではないということ。電車の中で「臨時情報なんていうから、いよいよかと思ったけど、結局地震来なかったね」「専門家も間違えるんだね」という会話に、「いやいや、そういうことじゃなくて!」とツッコミたくなりました。
南海トラフ巨大地震が起きる確率は今後30年以内に70〜80%、いつ大規模地震が起きてもおかしくない状況は続いています。臨時情報はあくまでも「その確率がさらに高まった可能性があるから、地震への備えや避難準備を再度確認しましょう」というもの。そしてSNSでは一部「○月○日南海トラフが発生します」などの偽情報が出回りましたね。「少しでも情報がほしい」「今度は何が起きるのだろう」そんな人の心理を揺さぶる作戦に惑わされてはダメですよ!
さて東日本大震災での検案支援活動のお話も、今日が最終回。皆さん、家族・友達・恋人、誰かひとり、大切な人を思い浮かべてください。
では質問です。
「最後に会った時の彼(彼女)の服装・鞄・靴を教えてください」
どうでしょう? 答えられますか。
遺体安置所でご家族からよく相談されたのが、「当日着ていた服って言われても…『これですか?』って聞かれると、そうだったような気もするし、でもよく考えると、違うような気もするし、どうしよう」というものでした。それはそうですよね。
身元確認の根拠のひとつに「着衣・所持品」というのがあります。例えばご遺体が、写真のついた免許証などを所持している場合には、まずその写真とご遺体を比べて身元を確認します。それがダメだと氏名(身元)を推測できるものはないか?という点になります。財布の中のカードや洋服の名入れ刺繍でなどです。
でもここには注意が必要です。例えば東日本大震災では、体操服を忘れた小学生がたまたま、友達から借りた名入りの体操服を着ていたり、ご遺体の近くにたまたまあった他人のハンドバックが所持品として一緒に回収されていたケースなどもありました。他人の服を着ていたり、他人のものを持っている場合もあるので、「身元根拠が見つかった!」と飛びつくのは危険です。
東日本大震災では、顔貌・着衣・所持品で約88.7%のご遺体が身元を確認され、残念ながら多数の取り違い案件が発生しました。毎日会っている家族が見ても、ご遺体の顔は生きているときとはまた違うもの。さらに洋服や荷物を見せられても悩みます。そしてそういう時に限って、同じ手術を受けていたりするのです。
一刻も早く家族を見つけたいと願うご家族に、これを冷静に判断するよう求めるのは過酷です。だからこそ、家族の心理や状況に影響されない客観的科学的根拠が必要で、そのひとつが歯科所見です。「正しいご遺体を、正しい家族のもとへ」。今回の連載を通して、歯科医師となる皆さんの心に響くものがあってくれればうれしいです。
おかげさまで、2ヶ月に一度のペースで続けさせていただいたこの連載も丸2年、12回となりました👏
たくさんの歯学部生の皆さんに興味をもっていただき、ありがとうございました。ここで一回「勝村聖子の歯科法医学日誌」は一区切りとさせていただくことになりました。
でもでも。「歯科法医学」の世界をもう少し深く知りたいという声をいただき、「続・勝村聖子の歯科法医学日誌」として、第二弾をスタートさせていただくことになりました〜🎉
歯科法医学に関する現状・今後の歯科界などをテーマに、引き続き、未来の歯科界について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。乞うご期待!!
鶴見大学 准教授
勝村聖子
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
勝村聖子の歯科法医学日誌の記事一覧
- #1 身元不明死体の名前を取り戻す。歯科法医学は「人生最期の歯科医療」
- #2 解剖は、“その人”と対話する時間
- #3 介護放棄、飢餓状態…司法解剖で学んだ悲しい最期
- #4 傷の位置、タイヤ痕、出血の有無。交通事故のご遺体に隠れた事実とは
- #5 ある日突然、命が失われたら…夏休み前に考えてほしいこと
- #6 関東大震災から100年。災害による社会の変化を考える
- #7 被災地へ向かうまで――東日本大震災の記憶<1>
- #8 助け合い、譲り合う…災害時にこそ見えてくる人間のモラル
- #9 歯科医師の使命と、人としての心――東日本大震災の記憶<2>
- #10 遺体安置所は「生」のありがたさも感じる場所――東日本大震災の記憶<3>
- #11 自分は何をすべきだったのか…正解のない問いに向き合う――東日本大震災の記憶<4>
- #12 家族の服装を覚えていますか? 身元根拠に求められるもの――東日本大震災の記憶<5>