「歯科があってよかった」と思ってもらうために――口腔外科 別所央城先生
歯学部生がスペシャリストに聞く! 各専門分野のシゴト事典 #2 会員限定医科・歯科を超えて、がんに向き合いたかった
別所先生の学生時代
学生時代6年間を通してマクドナルドでアルバイトしていた。その他、家庭教師などさまざまな仕事を経験。「視野を広げるためにも、学生のうちから社会を知る経験をして、『お金を稼ぐのって大変なんだ』と実感しておくことが大切だと思います」
また旅も好きで、1~2年生の頃は自転車で小田原、原付で房総半島を一周。5年生の頃はバイクで北海道を1周するも、それにより学内試験に落ちてしまう。
出身大学では、6年生の国家試験対策は学年全体で助け合いながら。当時、国家試験対策を頑張っていた同級生とは、東京医療センター 周術期口腔ケアチームづくりでも協力し、活動している。
ENA: ここからは、キャリアのお話を伺えればと思います。先生が口腔外科を選んだ理由は何でしたか?
別所: まさに「病気を治したい」という気持ちからです。大学1年生のときから一択でした。当時は臨床研修が必須ではなかったので、卒業後はそのまま大学院に進んで。だから実は、歯科医師になってから今まで入れ歯も作ったことがないんですよ(笑)。
ENA: (笑)。最初から口腔外科ひとすじだったんですね。大学院の後の進路はどうされたんですか?
別所: 独立行政法人 放射線医学総合研究所(現:量子科学技術研究開発機構 QST病院)に出向して、数年間がんの治療に取り組んでいました。ここでは、一生分と言っていいくらい珍しいがんに出会いました。たとえば、悪性黒色腫(メラノーマ)。口腔にできる真っ黒な腫瘍で、転移がしやすく難しい病気です。これも非常に希少ながんなのですが、今の職場に移ってからもその症例の患者さんがいらっしゃって。
ENA: そうなんですか?
別所: ひと目見て「これはメラノーマだ!」とピンときて、治療を進めたところ、大きく盛り上がっていた腫瘍がだんだん小さく、平らになっていきました。当時いろんな症例を見ていたことで、早い診断につながったと思います。
ENA: 先ほどのお話にもあったように、いかに多くのケースを見るかが大切なんですね。放射線医学総合研究所の後は、大学に戻られたんですか?
別所: そうです。千葉県にある東京歯科大学千葉病院(現:千葉歯科医療センター)や東京歯科大学市川総合病院の口腔がんセンターを経て、東京歯科大学水道橋病院に移りました。そして、がんにより深く関わるためには医科のバックアップがないと難しいのではと思い始めてきた頃に、ここの口腔外科科長が退職するから後任に就かないかと声がかかって。これはいいチャンスだと思い、「ぜひ」とお受けしたんです。
ENA: 先生の「病気を治したい」という想いが、今のお仕事に結びついたんですね。専門医や指導医の資格もお持ちですが、どうやって取得するんですか?
別所: 口腔外科へ進むのであれば、大学や総合病院などの日本口腔外科学会認定施設に4、5年で認定医が取れるシステムがあるので、まずは周りの先生や指導医の指導を受けながら目指してほしいです。専門医はそれから時間をかけて手術症例や論文も書かなければならないので、さらにハードルは高くなりますが、口腔外科を志すならばぜひそこまで頑張ってほしいと思います。日本がん治療認定医機構の試験を受けるときは、歯科を問わずすべてのがん治療について勉強しなければいけなくて大変でしたね。
ENA: えっ、たとえば胃がんや肺がんについてもということですか?
別所: そう、全身のがんすべてです。それまでまったく触れたことのない分野も多く、大学に勤務していると日中は教育や臨床があるので、夜に毎日寝ないで勉強しました。
ENA: それは大変そうです…。資格って、やっぱり必要ですか?
別所: 特に大学や総合病院で働きたい場合、資格は大事になってきます。東京医療センターに来るときも、私が指導医の資格を持っていたので声を掛けてもらったのかもと思っています。指導医が在籍していないと、学会の認定施設としてENAさんのように口腔外科を志す若手を指導することもできないんです。
ENA: 就任できるポストにも関わってくるんですね。
別所: そうですね。専門医を取得するのは時間もかかるし難しいですが、口腔外科の場合、認定医の資格は抜歯や小手術をひとりで安全に行え、難しい症例であることを診断することができるというところまでです。もっといろんな症例に対応できるようになるためにも、多くの学生さんに専門医を目指してほしいなと思っています。必ずしも資格が重要なわけではないですが、患者さんの安心や自分を売り込むのには必要ではないかと思います。やっぱり努力している先生に自分の身体をあずけたくないですか?
ENA: はい、私が患者さんでもそう考えると思います。
今ある情熱を決して絶やさないで
ENA: 先生の今後のビジョンをお聞かせください!
別所: まずは口腔外科を目指したいという学生を増やすこと。それから医科歯科連携の環境を整備して、医師からも、一般の方々にも「歯科口腔外科があってよかった」と思ってもらうことです。病院は病気にならないと行かないけれど、歯科は予防が大事であると国民にも広まってきました。そう考えると、歯科に無縁な人っていないんですよね。
ENA: たしかに、誰もが関わる分野ですよね。
別所: そんな身近な存在ではあるけれど、口腔外科が何をやっているところなのかは知らない人が多いんです。2019年に掘ちえみさんが口腔がんを公表されたことで病気自体の認知度は高まりましたが、それをどの診療科で治療するのかは知らないんです。ひとりでも多くの方を健康にできるよう、今後も情報発信と仕組みづくりに努めていきたいと思っています。堀さんとお話しする機会があったときに、堀さんご自身も「自分の体験を発信し、ひとりでももっと早く治療を受けてほしい」と話されていました。
ENA: すぐに適切な科に受診できる知識があれば、早期発見につながりますもんね。では最後に、口腔外科を目指す学生へのメッセージをお願いします!
別所: これから長い歯科医師人生が待っていますが、「患者さんのために」という気持ちを忘れないでください。学生時代は理想や情熱があっても、実際に働き始めると億劫になってしまったり、専門の勉強をやめてしまったりする先生も多いんです。でも私たちが勉強を続けないと、決して患者さんの利益にならない。だから、今口腔外科を志しているのであれば、その初心を忘れることなく、スペシャリストへの道を進んでもらえたらと思います。
ENA: はい、今の気持ちを忘れずに頑張っていきます! 今日はありがとうございました!
インタビューを終えて
お話を聞いてわかった! 口腔外科の仕事は…
● 医科・歯科を越えた連携が必須
● 術後のQOLやご家族の意向まで考える
● 若手時代から多くの症例を見ることが大切
世の中に歯科の大切さを広めていくためには、これから歯科医師になる皆さんの力が不可欠! ぜひ熱意をもって、勉強や技術研鑽に取り組んでいってください。
次回は、小児歯科を専門とする先生が登場します。お楽しみに!
撮影/服部健太郎 文/編集部
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