「選手たちの役に立ちたい」。その想いが原動力――スポーツ歯科 藤巻弘太郎先生
歯学部生がスペシャリストに聞く! 各専門分野のシゴト事典 #7 会員限定補綴科、矯正科、保存科、口腔外科、小児歯科、インプラント科…ひとくちに“歯科”といっても、その中にある専門分野はたくさん。
将来は何かに特化した歯科医師になりたいけれど、どの分野を選ぶべきか悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
そこで本特集では、さまざまな専門分野で活躍する“スペシャリスト”に歯学部生エディターズがインタビュー!
これまでどんなキャリアを歩んできたのか、その分野を究めるためにはどうすればいいのか、たっぷりお話を聞きました。
第7回のスペシャリストは、長年スポーツ歯科に取り組まれている藤巻弘太郎先生。
スポーツ歯科とはいったいどんなことを行っているのでしょうか?
お話を聞かせてくれたのは…
ぶばいオハナ歯科 院長
藤巻 弘太郎先生
2000年、日本歯科大学卒業。2004年に同大学大学院歯学研究科(放射線科)終了後、2011年までパストラル歯科にて副院長として勤務。その後、都内各所の歯科医院で勤務した後、2016年にぶばいオハナ歯科を開業。日本スポーツ歯科医学会認定医・専門医・指導医・代議員。日本睡眠歯科学会認定医・理事・広報IT委員会委員長・学術大会企画運営委員会委員・セミナー企画運営委員会委員。(公財)日本テニス協会アンチ・ドーピング委員会委員。(公財)ルイ・パストゥール医学研究センター研究員。その他。子どもの頃からテニスをしていた。
2000年、日本歯科大学卒業。2004年に同大学大学院歯学研究科(放射線科)終了後、2011年までパストラル歯科にて副院長として勤務。その後、都内各所の歯科医院で勤務した後、2016年にぶばいオハナ歯科を開業。日本スポーツ歯科医学会認定医・専門医・指導医・代議員。日本睡眠歯科学会認定医・理事・広報IT委員会委員長・学術大会企画運営委員会委員・セミナー企画運営委員会委員。(公財)日本テニス協会アンチ・ドーピング委員会委員。(公財)ルイ・パストゥール医学研究センター研究員。その他。子どもの頃からテニスをしていた。
インタビューしたのは…
東京歯科大学4年生
N.Oさん
歯学部生エディターズ。将来は、海外で仕事をしたいと考えている。趣味は野球観戦。
歯学部生エディターズ。将来は、海外で仕事をしたいと考えている。趣味は野球観戦。
スポーツ特性は選手たちから教わる
Harvey:私はもともとスポーツ歯科に興味があったので、今日はお話をお伺いできるのがとてもうれしいです! はじめに、スポーツ歯科ではどのようなことをするのか教えていただけますか?
藤巻:いくつかありますが、まずは選手たちの健康管理です。口腔内のう蝕・歯周病の評価はもちろんのこと、睡眠に関する問診、重心の位置や動揺度合い、唾液の質の評価、栄養・体組成などの評価を踏まえてプロブレムリストを作成して、選手たちにお伝えします。その上で、選手たちと、遠征の間やオフシーズン中など通院のタイミングを相談して決めて、それに合わせた治療や定期健診の年間計画を作成するんです。
Harvey:定期健診も必要なんですね。
藤巻:はい。なぜなら選手たちは熱中症対策のためにスポーツドリンクをよく飲むからです。スポーツドリンクが口腔にはあまりよくない理由はわかりますか?
Harvey:酸性度が高いからでしょうか?
藤巻:そうです。ですので、酸蝕歯が起きていないかなどを確認する必要があります。そして、咬み合わせの治療やマウスガードの調整をします。また、食いしばりをしていないか、睡眠の質が下がっていないかといったことや、当院には管理栄養士が所属しているので、栄養をきちんと摂れているかといったことも確認します。一般的に選手の体重や筋肉量の増減などはコーチが管理しますが、コーチがいない選手については私たちがその役割を担っています。
Harvey:先生は睡眠歯科も行われていますが、どのような経緯で取り組まれるようになったんですか?
藤巻:スポーツ歯科に取り組みはじめたところ、選手たちから「夜眠れない」「起床時に顎が痛い」といった睡眠に関する相談をされるようになったんです。そこで、日本睡眠学会や日本睡眠歯科学会への学会に参加したり関連書籍などを読んで睡眠歯科の勉強をしはじめて、徐々にスポーツ歯科のなかに睡眠歯科を導入するようになりました。
Harvey:スポーツ歯科と睡眠歯科は密接に関係しているんですね。それではスポーツ歯科に取り組む上で必要な知識や技術は何ですか?
藤巻:まずは「判断力」と「診断力」です。プロブレムリストを作るためにも、レントゲン1枚から顎関節症や副鼻腔炎の診断まで行える必要があります。副鼻腔炎は本来なら歯科の領域ではありませんが、発症に気づければ耳鼻咽喉科の受診を促すことができますから。選手たちの健康を守るためにも、口腔内だけでなく、口腔の周辺知識も非常に重要になります。
Harvey:そうなんですね。ほかには何が必要ですか?
藤巻:スポーツの種類によって必要な筋肉や重心の位置、メンタリティなどは異なり、これを「スポーツ特性」といいます。スポーツ特性の知識を身につけることも大切です。
Harvey:先生はスポーツ特性をどのように勉強されたんですか?
藤巻:まずは整形外科や理学療法士、柔道整復師の方々に教えてもらい、さらに本をたくさん読みました。また、とにかく試合会場に行ってさまざまなスポーツを見ました。当時はまだインターネットが普及しておらず、動画を観られなかったので。
Harvey:実際に競技を見て学ばれたんですね。とても難しそうですが…。
藤巻:子どもの頃からテニスをしていたので、テニスに近い競技なら体の動かし方が似ているから想像できます。そこで、テニスを軸にさまざまな競技に派生して考えていきました。また、選手たちに直接話を聞きました。選手たちから学んだことはとても多いです。
Harvey:選手から直接教わることもあるんですね。
藤巻:もちろん! 先日も、初めて円盤投げの選手が来院しましたが、何回転するのか、どこに重心を持っていきたいのか、円盤は筋肉で飛ばすのか、もしくは遠心力で飛ばすのか、それとも両方なのか、まったくわからない。動画を観てもピンとこない。そうなったら…?
Harvey:確かに、選手に聞くのがいちばんですね。
藤巻:おかげさまで、さまざまなスポーツを知ることができました。また、選手たちから学んだ知識を、さらに次の選手たちにつなげていけるのでうれしいです。
Harvey:先生のように、競技や選手たちのことを深く理解しようとする姿勢が大切なんだと知りました。
先生のもとに来院する選手のスポーツ
テニス、バレーボール、バスケットボール、サッカー、スキー、ボクシング、ウエイトリフティング、パワーリフティング、フェンシング、ラグビー、ビーチバレー、円盤投げ、女子野球、モーグルなど。
診療台の上でブリッジしてもらった
Harvey:先生はさまざまなスポーツ選手を担当されていますが、それぞれのスポーツ特性を踏まえて、咬み合わせの治療やマウスピースの調整を行うんでしょうか?
藤巻:はい。さらに「速く走りたい」「素早く動きたい」「ジャンプ力が欲しい」「200kg持ち上げられるようになりたい」など、選手たちの目的や要望はまったく異なるので、それぞれに沿って咬み合わせを変えたりもします。パワーリフティングの選手には3種類のマウスピースを作製しました。
Harvey:3種類も? どうしてですか?
藤巻:パワーリフティングにはスクワットとベンチプレスとデッドリフトの3種目あり、それぞれシューズが異なるので、インソールの高さも重心の位置も異なります。つまり種目によって必要な咬み合わせが異なるんです。
Harvey:それは大変そうですね。
藤巻:それが、ベンチプレス用に作製したマウスピースを着けてもらっていたところ、「力は出るけれど、その箇所に咬み合わせを持っていくのが大変です」と言われてしまったんです。バーを持ち上げるとき同様に、寝た状態で咬み合わせを調整したのに、何が起きているのかわかりませんでした。そこで、実際にバーを持ち上げる様子を見せてもらったところ、なんと寝た状態からさらにブリッジをしてバーを持ち上げていたんです! 「ごめんなさい。これでは咬み合わせは違います!」と選手に謝って、マウスピースを作り直しました(笑)。
Harvey:どのように作り直したんですか?
藤巻:診療台の上でブリッジの体勢をしてもらって、首の位置や角度を調整しました。
Harvey:診療台の上で! 実際の体勢で調整することが大切なんですね。
藤巻:はい。さらにそのパワーリフティングの選手は、試合に出場した際、種目ごとにマウスピースを着け替えなければいけないのに、マウスピースを1つ忘れてしまったため、ある種目で別の種目用のマウスピースを着けて出場したそうです。そうしたら、咬み合わせが変わったことにより重心の位置も変わってしまい、転んでしまったそうなんです。
Harvey:咬み合わせが異なることで、競技にそんなにも影響するんですね。ほかにも印象に残っているエピソードがありましたら教えてください。
藤巻:すべての方が印象に残っていますが…。110mハードルの選手が初めて来院した際、左上6番にインレーが入っていました。咬み合わせを診たところ、インレーが頬側の内斜面に強く当たっていた。ということは下顎が右下方に動いてしまう可能性がある。そこで「体が右に流れない?」と聞いたところ、「流れます。だから体を補正する練習をしています」と言われました。
Harvey:え! その後どうされたんですか?
藤巻:顎の位置で重心が変わってしまうことを説明して、「初めて会ったばかりで申し訳ないけれど、削らせて! 絶対に損はさせないから」と言って、補正させていただくことになりました。ただ、その選手は日本代表でしたし、咬み合わせによって翌年も現役を続けられるかどうかも関わってしまうので、冷や汗を流しながら補正しました。
Harvey:咬み合わせが選手生命にも関わってしまうんですね。
藤巻:はい。結果的に、その選手は体を補正することなくスピードを出せるようになり、その後一年間ケガをせずに現役を続けられたそうです。役に立ててよかったと思いました。
Harvey:素敵なエピソードですね!
「人」を診られる歯科医師に
Harvey:これからは先生のキャリアについてお話を伺えればと思います。先生はいつ頃からスポーツ歯科を志したんですか?
藤巻:私は大学院では放射線科に所属して、がんの治療や研究を行っていましたが、「健康な方を、より健康にする歯科」に取り組みたいと思うようになり、スポーツ歯科を志すようになりました。ですが、日本歯科大学にはスポーツ歯科がなかったため、大学院を卒業したあとに、とりあえず日本スポーツ歯科学会に行ってみました。
Harvey:いきなり…!
藤巻:はい。そこでその場にいらした東京歯科大学の石上先生と武田先生に「スポーツ歯科を学ばせてください」とお願いしたところ、東京歯科大学スポーツ歯学研究室の専修科生として勉強させていただけることになりました。
Harvey:すごい行動力! 私も見習いたいです。
藤巻:それから東京歯科大学でスポーツ歯科の知識や技術を叩き込まれました。歯科医院に勤務していたので働きながら大学に通いましたが、当時はキャンパスが稲毛だから遠かったです(笑)。また、テニス用のマウスピースを作製して、後輩に着用した状態で走ってもらい、どのマウスピースが使いやすいか意見を聞いたりしていました。
Harvey:実際に作ったものを試してもらっていたんですね。
藤巻:そうしないと何もわからないですからね。でも当時はまだインターネットが普及していないためデータがなく、スポーツ歯科を広めることがなかなかできなくて…。そんなとき、子どもの頃からお世話になっていたテニスのコーチに相談して、日本テニス協会のセミナーに参加させていただいたところ、ご縁があってテニス協会にスポーツ歯科医として参加させていただくことになったんです。
Harvey:またすごい急展開ですね!
藤巻:ですが、まだスポーツ歯科を深く学べていないのに全日本選手等を診ることになってしまったら大変だ! と焦りました(笑)。そこで、必死にさまざまな方に話を聞いたり、無償でいいからと実践、実践…。
Harvey:無償ですか?
藤巻:はい。協会に所属できたものの、当時はスポーツの現場において、「歯医者が何の役に立つの?」といわれる時代でした。ですが、私はスポーツ歯科が選手たちの役に立てることを実感として得られていたので、とにかく「選手たちに、ケガをせずに少しでも長くパフォーマンスしてもらいたい」という想いで続けてきました。
Harvey:藤巻先生をはじめ、以前からスポーツ歯科に携わってこられた先生方のご尽力により、スポーツ歯科が広まっていったんですね。それではこれからスポーツ歯科を志す学生たちに何を心がければいいかアドバイスをください。
藤巻:大切なのは「病」ではなく、「人」を診ること。とくにスポーツ選手は、必要な筋肉や重心の位置、メンタリティなどが一人ひとり異なるので、「人」を診ることが大切になります。スポーツ歯科に限らず、「人」を診られるようになると、幅の広い診療ができる歯科医師になれるのではないかと思います。そして先ほどもお話ししましたように、口腔内だけではなく、全身を診ること。患者さんとしてではなく、人と人として向き合って、全身の健康をサポートしていただけたらうれしいです。
Harvey:はい、私も先生のように「人」を診られる歯科医師を目指します。本日はありがとうございました!
インタビューを終えて
お話を聞いてわかった! スポーツ歯科の仕事は…
●選手たちの健康管理も行い、睡眠や栄養を含めたサポートをする
●「診断力」と「スポーツ特性」を身につけることが必要
●選手たちから学んだ知識を、次の選手たちにつなげていける
「スポーツ歯科を学びたい」という一心で、学会や研究室に飛び込んで道を切り拓いていった藤巻先生。先生のその行動力によって、現在のスポーツ歯科が築かれているんですね。
次回は、根管治療を専門とする先生が登場します。お楽しみに!
撮影/泉山美代子
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