オッス、オラ白い歯が欲しいぞ
そうさ、いまこそ歯ドベンチャー #1前へと突き出た二本の八重歯を持つ、文筆家のワクサカソウヘイさん。年齢を重ねるにつれ、チャームポイントだと思っていた八重歯を愛せなくなっていました。
このコラムは、そんなワクサカさんがまた自分の歯を愛せるようになるために旅をする、冒険の記録です。
「綺麗な歯が欲しい」。ただそれだけを願った
黄金郷を発見したい。不老不死の術を手に入れたい。より強い者と対峙したい。
かつての冒険者たちや漫画の主人公たちは、そのような願いを携えて、未知なる旅へと自らを駆り立てた。夢とは冒険の原動力である。
では、いま私をアドベンチャーへ向かわせる願いとはなにか。
それは「とにかく綺麗な歯が欲しい」である。
口の中を鏡で覗き込む。するとそこには不揃いな歯並びがあり、気分は落ち込む。自身の歯の具合の悪さは、このところの最大コンプレックスだ。
まだ若かった頃、前へと突き出た二本の八重歯は、むしろチャームポイントだと捉えていた。ああ、自分の歯、なんて愛くるしい、とすら思っていた。ところが歳を重ね、表情に皺やたるみが登場すると、八重歯の印象はポジティブなものではなくなった。そこに現れたのは、純然たる「ガタガタの歯」だったのである。
八重歯の可愛さには耐用年数がある。そのことを知った私は、強く願った。「綺麗な歯が欲しい」、と。あの頃みたいに、また自分の歯を愛せるようになるのであれば、なんでも試す。どこかに、この歯に対する劣等感を葬り去る魔術はないのか。
こうして、私は歯に自信を取り戻すための冒険を始めることにした。
歯ドベンチャーである。
ボロボロの中古車から、ピカピカの新車へ
オーソドックスに考えるのであれば、やはり矯正だろうか。しかし、それだと時間もお金もかかりそうなんだよな、と気を迷わせていたところ、知人からこんな冒険のヒントがあった。
「ホワイトニングをするだけで歯並びの雰囲気ってずいぶん変わるよ」
ホワイトニング! そうか、その手があった。私は長年にわたり愛煙をしており、さらにコーヒーやワインといった嗜好品もたびたび口にしてきた人生なので、歯の表面ではタールやステインが暴れている。この現状、「ガタガタの歯」にさらなる悪い印象を与えているとしか思えない。よし、まずは歯を白くするところから始めよう。
さっそく私は、ホワイトニングを試すことにした。
向かった先は、大手町のビルの中にある、清潔感溢れた歯科医院。
歯科衛生士さんに案内され、チェアユニットに座り、口を大きく開ける。
「ではまず、クリーニングをしていきます。それから、ホワイトニングへと進みますね」
私はホワイトニングのことを今日の今日まで、「歯を徹底的にクリーニングすること」だと思っていたのだが、そういうことではないらしい。表面の着色を取り除いたのちに、歯そのものに薬剤で「白く見える」効果を与える、それがホワイトニングなのだという。
15分ほどのクリーニングがあり、一度、手鏡でチェックする。あらやだ、この時点でかなり白くなっている。自身の歯に対して抱いていたダーティーなイメージが、早くも払拭されている。この歯、愛せる。
「歯を白くするだけで、モチベーションが上がる人、多いですね。ボロボロの中古車に乗るよりも、ピカピカの新車に乗っているほうが、やっぱり気分良いですもんね」
そんなことを歯科衛生さんが言う。ああ、さっきまでの私の歯は、半壊の中古車と同義だったのか。
「それではホワイトニングの施術に移りますね」
「へへ、どうか新車同然にしてやってくださいよ……」
ものものしい器具で口を開きっぱなしにして、歯全体に薬剤を塗布する。
この薬剤によって、歯そのものが脱色されていく。そうすると反射率が変わり、光に当たった際に「白く見える」ようになるのだという。
思い出したのは白熊の話だ。白熊の毛というのは、実は白ではなくガラスのように透明なのだという。そこに光が射しこむと乱反射が発生し、「白く見える」という現象が起きるらしい。
「実際に白くしているわけではなく、反射の効果によって白く見せている」。ホワイトニングと白熊は、よく似ている。私はいま、歯を白熊化させているのだ。
薬剤の浸透効果を高めるため、施術中、口の中には特殊なライトの光が注がれる。そのため、私の目元はタオルによって塞がれている。
なにも見えない状態の中で感じるのは、器具の重み、薬剤の緩やかな温かさ、院内に流れるBGMの音だけである。「さあ、いま、歯の全体に薬剤が行き渡り、徐々に徐々にと白くなり始めています!」などといった実況を歯科衛生士さんがしてくれるわけでもないので、一体どういう変化が我が口の中にもたらされているのか一切わからず、だんだん不安になってくる。手違いで、歯が全部溶けていたりとか、逆に歯の数が二倍に増えていたりとかしたら、どうしよう。不安が疑心に移り変わっていく。
それでもじっと動かずに、変化の時が過ぎていくのを待つしかない。サナギの心持ちである。
「はい、では口をゆすいでください。これでホワイトニング、完了です」
手鏡で口の中を眺め、そして驚嘆する。そこには新車のごとき、そして白熊のごとき、ピカピカで真っ白な歯が現れていた。八重歯だ、ここにあるのは愛くるしい、あの頃の八重歯だ! 私の口の中は、サナギから羽化を果たしたのだ!
なんというか、表情の空気にも、清潔感がある。「ガタガタの歯」という印象が、かなりマイルドなものになっているのではないか、これ。歯を白くしただけで、こうも違ってくるのか。
我が歯に対するコンプレックスが、みるみる消え去っていくのがわかる。なんだか、踊り出したい気分である。
「一年に一回はやると効果が持続するので、ぜひまたいらっしゃってください」
そんな歯科衛生士さんの言葉に、八重歯を剥き出しにして「はい!」と笑顔で返事をする。そして心の中でスキップしながら、大手町をあとにする。
この歯を口元から覗かせて、いますぐ誰かに「やあ」って言いたい。時にはリンゴを齧って「えへへ」とはにかんだりもしたい。
「自分は歯がガタガタな人間っす……」といううらぶれた思いは、たったの一時間強で、プリンスの精神状態へと化けたのである。実に晴れやか、実に爽やか、である。
ホワイトニング、それはまったくもって、現代の魔術であった。
もっともっと、歯を綺麗にしたい。そんな思いが加速していく。
私の歯ドベンチャーは、まだまだ続く。
ワクサカソウヘイ
文筆業。主な著書に『出セイカツ記‐衣食住からの逃避行』(河出書房新社)、『今日もひとり、ディズニーランドで』(幻冬舎文庫)などがある。歯の具合が気になる最近を過ごしている。
文筆業。主な著書に『出セイカツ記‐衣食住からの逃避行』(河出書房新社)、『今日もひとり、ディズニーランドで』(幻冬舎文庫)などがある。歯の具合が気になる最近を過ごしている。
今回協力してくれたのは…
医療法人社団ITS 大手町プレイス歯科
都内で4院(初台、品川、勝どき、大手町)展開している医療法人。4院すべて完全個室の診療室で、虫歯や歯周病の治療をはじめ、矯正、インプラント、ホワイトニングまで幅広く対応する。認定医が在籍し、独自の研修体制があり、全国から集まった15名以上の歯科医師が活躍している。
大手町プレイス歯科HP
都内で4院(初台、品川、勝どき、大手町)展開している医療法人。4院すべて完全個室の診療室で、虫歯や歯周病の治療をはじめ、矯正、インプラント、ホワイトニングまで幅広く対応する。認定医が在籍し、独自の研修体制があり、全国から集まった15名以上の歯科医師が活躍している。
大手町プレイス歯科HP
文・ワクサカソウヘイ/イラスト・死後くん