歯学部生からの相談内容【「翼突下顎ひだ」「翼突下顎縫線」って結局なんなのだろう?】
歯学部生の学習お助けユニット“JYP”のCBTレベル「勉強相談室」Q&A #11 会員限定歯学部生なら避けては通れないCBT。臨床実習を受ける資格を得るためにパスしなくてはいけない試験ですが、コンピューターで行われるテストということもあり、問題の予測はなかなか難しいところ…。
そこで、CBTを受験するまでにマスターしておきたい学習範囲のなかから、歯学部生から募集した難問について、勉強お助けユニットJYP(ジュンヤとジュンペイ)がレクチャー! 毎月1問、じっくり教えてもらいます。
【今月の相談内容】
科目により指す場所が異なる部位
この連載も今回で最後になりました。今回の質問は私自身が学部学生のとき疑問に思っていたものです。
「翼突下顎ひだ」や「翼突下顎縫線」はほぼ似た意味の用語として、幅広い科目で使われています。しかし、実は指している構造が科目ごとに異なっていたりして、勉強していて混乱しやすい部分だと考えています。
当時を思い返して、このような複数の科目にまたがる質問を分野横断的に答えてくれる人が身近にいればありがたかったなと考えていたことが、今回の連載のきっかけになりました。そのときの自分自身に向けて、またきっと同じ疑問を持っているであろう学生に向けてこの解説を書かせてください。
解剖学での「翼突下顎ひだ」
はじめに解剖学的な定義を確認しましょう。解剖学における翼突下顎ひだとは、「翼突下顎縫線の上の口腔粘膜上にできるひだ」のことを指しています。そして、翼突下顎縫線とは、頬筋と上咽頭収縮筋の接合部にできる線のことです(国家試験でも頻出の内容ですね)。
部位としては、蝶形骨の翼突鉤から下顎骨の顎舌骨筋線の後端を結ぶ位置にあります。翼突下顎縫線は古くは腱状のしっかりとした構造と考えられていましたが、実際は目で見えるような構造はなく頬筋と上咽頭収縮筋が結合組織で分かれているだけというのが正しいようです。
他の科目では、翼突下顎縫線と翼突下顎ひだは同じ用語として捉えられているものが多いですが、解剖学では厳密には同一ではなく、上で説明したように筋の接合部とその上の粘膜での位置というように分けられていると言えます。他の科目では粘膜上での位置についての話なので、ここから先は「翼突下顎ひだ」で話を進めていきます。
全部床義歯学での「翼突下顎ひだ」
全部床義歯学では総義歯の印象採得の際に含めなければならない解剖学的ランドマークとして翼突下顎ひだが出てきます。全部床義歯における翼突下顎ひだとは、解剖学的な翼突下顎縫線のうちの端の部分の骨に付着している部分によって、開口時に引っ張られて粘膜上に現れる構造と言えます。上顎と下顎の後縁の粘膜に線のように現れる構造ですね。
翼突下顎ひだは上下顎のランドマークのどちらにも含まれますが、一般的に重要なのはハミュラーノッチの後方から伸びる上顎の翼突下顎ひだです。「翼突下顎ひだ」との名前に惑わされて下顎だけにあるものと勘違いしないようにしましょう。
上顎の翼突下顎ひだについて、義歯後縁の辺縁形成時には患者さんに大開口してもらってひだを印記します。義歯後縁がこの部位を覆っていると、大開口時に翼突下顎ひだが義歯を押すことになるために義歯脱離の原因やひだに潰瘍が生じる原因となります。したがって、模型上に翼突下顎をしっかりと再現してひだを避けるように義歯を製作しなければなりません。
臨床(歯科麻酔・口腔外科)での「翼突下顎ひだ」
歯科麻酔学・口腔外科学における翼突下顎ひだは、下顎孔伝達麻酔の注射の際の目安として出てきます。つまり、口腔内から実際に見える、臨床としての翼突下顎ひだです。翼突下顎ひだの他、内斜線や外斜線など、臨床的に用いられている用語は実は解剖学的にはどこを指しているのか分かりにくいものが多いので一緒に解説していきます。
まず下顎孔伝達麻酔の目的と手順を復習しておきましょう。下顎孔伝達麻酔は下顎の智歯(親知らず)の抜歯など骨が硬く厚いために浸潤麻酔では麻酔液が浸透しにくい下顎智歯部の麻酔や、一度に広い範囲の麻酔を行いたい場合に使用されます。下顎孔は三叉神経の枝である下顎神経が下顎骨に入る孔です。下顎骨では下歯槽神経と名前がつきます。また下顎孔の付近には舌神経も走行しています。さらに下歯槽神経がオトガイ孔から骨外に出るとオトガイ神経となります。
これらの神経の支配領域(下顎の右または左半分)が一度に麻酔されることになりますね。下顎孔伝達麻酔の手順は箇条書きでまとめておきました。一番問題で聞かれやすいところは、太字にした「内斜線と翼突下顎ひだの中心点で下顎の咬合平面より1cm上方を刺入点とする」のところです。
さて臨床用語としての「内斜線」、「外斜線」と「翼突下顎ひだ」を確認していきます。
下顎体部から筋突起に向けて2つの骨の隆起が立ち上がっており、外側にあるものを外斜線、内側にあるものを内斜線といいます。外斜線は歯列の大きく外側から立ち上がって筋突起の前縁となります。外斜線は解剖学的には斜線(Oblique line)と言います。
内斜線は最後方臼歯の舌側(臼後三角の舌側側)から筋突起に向けて立ち上がっています。外斜線を触知した後に内側に指をずらしていくと内斜線を触知することができます。内斜線は解剖学的には頬筋稜や側頭稜とも言われます。
最後に臨床における翼突下顎ひだとは、実際には内側翼突筋によってつくられる粘膜の隆起のことです。解剖学的な翼突下顎縫線は内側翼突筋の上にありますので、翼突下顎ひだと表現することはあながち間違いではないのですが、実際に触知できる構造を作っているのは内側翼突筋と言えます。
内側翼突筋と下顎骨の間に翼突下顎隙があり下歯槽神経や舌神経が走行しているので、内斜線と翼突下顎ひだ(内側翼突筋)の間を刺入点とすることで麻酔液が翼突下顎隙に入り、伝達麻酔を行うことができます。
最後に、口腔内写真と対応させた各構造の位置関係をイラストで示しましたので見比べながら確認してみてください。
いかがだったでしょうか。今回の記事も少しでも勉強の手助けとなれば幸いです。
今までたくさんの質問をありがとうございました。
みなさんの勉強や各種試験が上手くいくことを願っています。
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