身元不明死体の名前を取り戻す。歯科法医学は「人生最期の歯科医療」
勝村聖子の歯科法医学日誌 #1皆さん、こんにちは。鶴見大学歯学部法医歯学の勝村聖子です。大学では個人識別や身元確認、虐待などの法歯学全般、医療安全、倫理学や医療プロフェッショナリズムなどの講義や実務を担当しています。
今日から「Quacareer BRUSH」で連載させていただくことになりました。現役歯学部生の皆さんが感じる不安や疑問・ストレスの解消、未来につながる楽しい話題などを提供できればと思います。
さて今日は自己紹介も兼ねて、歯科法医学者への導入をお話できればと思います。そもそも私が歯科に興味をもったきっかけは小学5年生から始めた歯列矯正です。
治療は痛いし装置で粘膜は切れるし、大変な思いもしましたが、歯が動いていくのが快感で月一回の通院は楽しみでした。だんだん綺麗になっていく歯並びを観察しながら「ヒトの身体ってすごいな」と子供ながらに感動しました。今だったら口元の自撮りしまくりだったでしょうね。
ヒトの身体に関わる医療に魅力を感じるようになったのもこの頃です。今でも小学校の卒業アルバムを開いて、矯正装置をつけたギラギラ前歯で満面の笑みで映っている自分を見ると、歯科医師人生の初心に返るような思いがします。
そして医療の中でも歯科医師を志すことにした私は鶴見大学歯学部に入学しました。ここで2回目の「歯」の感動体験を迎えます。
それは1年生で購入した「人体解剖カラーアトラス」の、小児の頭蓋骨の標本写真です。初めてこの写真を見た時、「子供の歯の下で、もう大人の歯が待機して並んでるってすごくない?」と全身の毛が総立ちになるぐらい、なぜかすごく興奮したのです。
当時は本を持ち歩き、家族や友人に共感させようと写真を見せまくりましたが、残念なことに反応は皆イマイチでした。実は今でもボロボロになったこの本を大切にしています。
時々学生に、この本片手に私の感動や人体の不思議を熱く語りますが、ここでもやはり「それほどでも・・・」という塩対応です(笑)。共感してくれる人、大募集中です!
そして小児、矯正、解剖、さらに細菌学や口腔外科など、進級ごとに興味は変わり、3年生で出逢ったのが法医学でした。法医学には、人の健康やQOL という医療の概念とは異なる不思議な魅力を感じました。「もう亡くなっている人の人生を遡って調べていく。そこに歯科医師として関わる分野があるならやってみたい」と思いました。
当時、全国29ある歯科大学・歯学部で法医学に関連する教室があるのはたった3大学だけだったので、せっかくなら医学部で勉強するか!と東京医科歯科大学大学院司法医学分野を目指しました。
大学6年生は、卒業試験・国家試験・大学院入試と、人生で一番勉強した充実の1年間です。そして大学院に無事合格し、4年間、司法解剖やDNA鑑定など法医学実務の全般を学ばせていただきました。
司法解剖は事件性の疑いがあるご遺体が対象なので、事前にニュースを見ていて「このご遺体が搬入されてくるな」と分かることもありました。
一方で、人知れず亡くなっていたり、なぜ亡くなったのか、どこの誰なのかさえ分からない亡者が数多くいる現実にもショックを受けました。今現在も、全国で年間2万体もの身元不明死体が出ていることを、皆さんご存じですか。
この身元不明死体の名前を取り戻し、ご家族にお返しする身元確認こそが歯科法医学の一番大きな仕事です。「人生で受ける最期の歯科医療」とも呼ばれています。
「せっかく歯科医師になったのに、なぜご遺体と関わるの?」と聞かれたり、「変わり者」と言われたこともあります。歯科法医学はまだまだマイナーな分野かもしれません。
でも様々な災害や事故を通して、その重要性は徐々に認知されるようになってきています。だからこそ、多岐にわたる歯科の分野の一つとして法医学を広く知ってほしいと思います。
私が経験したこと、感じたこと、悔しかったこと、日々考えていることなどを未来の歯科業界を担う皆さんと共有し、ディスカッションしていければ嬉しく思います。それでは次回も宜しくお願いいたします。
鶴見大学 准教授
勝村聖子
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
次回は2023年1月30日公開予定! 歯科法医学を志すきっかけとなった授業内容とは…?
撮影/泉山美代子
勝村聖子の歯科法医学日誌の記事一覧
- #1 身元不明死体の名前を取り戻す。歯科法医学は「人生最期の歯科医療」
- #2 解剖は、“その人”と対話する時間
- #3 介護放棄、飢餓状態…司法解剖で学んだ悲しい最期
- #4 傷の位置、タイヤ痕、出血の有無。交通事故のご遺体に隠れた事実とは
- #5 ある日突然、命が失われたら…夏休み前に考えてほしいこと
- #6 関東大震災から100年。災害による社会の変化を考える
- #7 被災地へ向かうまで――東日本大震災の記憶<1>
- #8 助け合い、譲り合う…災害時にこそ見えてくる人間のモラル
- #9 歯科医師の使命と、人としての心――東日本大震災の記憶<2>
- #10 遺体安置所は「生」のありがたさも感じる場所――東日本大震災の記憶<3>
- #11 自分は何をすべきだったのか…正解のない問いに向き合う――東日本大震災の記憶<4>
- #12 家族の服装を覚えていますか? 身元根拠に求められるもの――東日本大震災の記憶<5>