遺体安置所は「生」のありがたさも感じる場所――東日本大震災の記憶<3>
勝村聖子の歯科法医学日誌 #10 会員限定皆さんこんにちは。終わっちゃいましたね~ゴールデンウィーク。いかがでしたか。私はお休み初日は「今日はゆっくりして、明日から衣替えでもしよう」と思い、翌日は「午前中はのんびりして…」と思いながら、結局何もせず、ぐうたらして終わってしまいました。ほんともったいない(泣)。
さて気を取り直して。今回も東日本大震災における遺体安置所での活動についてお話ししましょう。
発災当初、私たちが派遣された遺体安置所では、歯科医師が口腔内検査をする作業台などは用意できておらず、床一面に並んだご遺体の間にしゃがみ込んで作業をしていきました。まずは合掌し、顔貌と口腔内写真の撮影から始めます。1日に複数のご遺体を検査するので、遺体番号も記録として撮影します。
続いて検査担当者と記録者の2人1組で口腔内所見を採取し、デンタルチャートを作成していきます。歯牙の状態、歯肉、咬合の状況なども記録します。歯牙の欠損部位がある場合には、義歯が保管されていないかを警察官に確認します。検視・検案(警察官・医師による外表検査や診査)時に義歯が取り外され、着衣や所持品とともに保管されている場合が多いからです。何回か同じ質問を繰り返しているうちに、所持品表に「義歯あり・なし」の欄が作成され、義歯を見やすく保管してくれるようになりました。
また歯の溝(裂溝)のう蝕、金属、土砂。全部黒くて一見判断しづらいのだと伝えると、検視時に口腔内をよりきれいに洗浄し、警察官がライトを当てて口腔内検査を補助してくれるなど、限られた人数での業務でしたが、どんどん協力体制が確立していきました。これぞ多職種連携。それぞれの専門性をもって多方向から見るからこそ、よりよい仕事ができるのです。作業中の会話を通して「警察が欲しい情報はそこなのか」「歯科医師はここに注目するのか」というお互いの勉強の時間にもなりました。そして最後にエックス線写真を撮影し、合掌で口腔内所見採取を終了します。
一見、簡単な作業に感じるかもしれません。でも、想像してみてください。臨床実習などを経験している歯学部生の皆さんは特に…。患者さんに「お口を大きく開けてください」「少し右を向いてもらえますか」「頬(唇)の力を抜いてください」と声をかけると、どうでしょう? 患者さんはそれに応えてくれますよね。でも、ご遺体はそれができません。死後硬直による開口不能、口腔内の粘液や舌の存在も検査をより困難にします。狭い口腔内でエックス線撮影装置のCCDセンサーを適切な部位に挿入するのは至難の技です。ミスなく詳細な所見を採りたいけれど思い通りにいかない。このジレンマの中での作業です。
震災後に現地で活動した臨床医の先生とお会いしたとき、「治療中、患者さんに『痛い』と言われると、いままでは『ちょっとだから我慢して』なんて言っちゃったこともあるけれど、震災後は『これが生きているってことなのだ』って、泣けてきたりする」とおっしゃっていました。あるいは「自分たちにとっては日常の歯科診療が、患者さんの最期を決定づける。歯1本の記入ミスが取り違いにつながると思うと、患者さんとの時間が貴重な反面、怖いと感じるようにもなった」と話してくれた先生もいます。遺体安置所は「死」だけでなく、実は「生」のありがたさを感じる場でもあるように感じます。
私が経験したひとつのエピソードをご紹介しますね。
遺体安置所で納棺していたご遺族から、ご遺体に総入れ歯を装着してほしいと頼まれました。お孫さんが「あ、いつものおばあちゃんの顔に戻ったね」と言ってくれて、歯科医師としてうれしくなりました。そのとき、一緒にいたおじいさん(ご遺体の旦那さん)が「入れ歯外したまま葬式したら怒るよな、きっと。ばあさん怖いから」と言い、「そんなこと言うと、また怒られるよ」などと言いながら、棺を囲んで家族に笑いが漏れました。ご遺体を前に談笑するのは不謹慎でしょうか。私は、残された方が前に進むための、それもひとつの偲び方かなと思います。
次回は、私がご遺族と接したなかで感じたことをお話ししたいと思います。さつき病に気をつけて、皆さん元気でお過ごしくださいね。
鶴見大学 准教授
勝村聖子
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
歯学部を卒業後、東京医科歯科大学大学院を修了し博士号(医学)を取得。細菌学、解剖学に籍を置いたのち、鶴見大学にて歯科法医学の研究に携わる。2011年に東日本大震災で身元確認を行ったことをきっかけに、フジテレビ『監察医 朝顔』の法歯学監修も担当。仕事のお供にドライフルーツやナッツを食べるのが好き。
勝村聖子の歯科法医学日誌の記事一覧
- #1 身元不明死体の名前を取り戻す。歯科法医学は「人生最期の歯科医療」
- #2 解剖は、“その人”と対話する時間
- #3 介護放棄、飢餓状態…司法解剖で学んだ悲しい最期
- #4 傷の位置、タイヤ痕、出血の有無。交通事故のご遺体に隠れた事実とは
- #5 ある日突然、命が失われたら…夏休み前に考えてほしいこと
- #6 関東大震災から100年。災害による社会の変化を考える
- #7 被災地へ向かうまで――東日本大震災の記憶<1>
- #8 助け合い、譲り合う…災害時にこそ見えてくる人間のモラル
- #9 歯科医師の使命と、人としての心――東日本大震災の記憶<2>
- #10 遺体安置所は「生」のありがたさも感じる場所――東日本大震災の記憶<3>
- #11 自分は何をすべきだったのか…正解のない問いに向き合う――東日本大震災の記憶<4>
- #12 家族の服装を覚えていますか? 身元根拠に求められるもの――東日本大震災の記憶<5>